分野:英文学・ヴィクトリア朝文化研究、女性史、メディア史、家政学・生活科学史
『ビートン夫妻のヴィクトリア朝婦人生活画報』
全4巻+別冊

The Englishwoman's Domestic Magazine
- The Reprint of the Mid-Victorian Ladies Journal, 1852-56
監修・解説(別冊・日本語):中島俊郎(甲南大学文学部教授)
付録:『家内心得草 : 一名・保家法 』 ビートン夫人著・穂積清軒訳(明治9年)


◆2005年1月刊行
◆B5判(原本サイズを約40%拡大)
◆ 約1,556頁(図版・白黒多数)+ 別冊付録(約100頁)
◆本体価格 93,000円 (税込97,650円)
◆ISBN:4-902454-12-2

《本書の特色》
●家政学の鼻祖ビートン夫人が寄稿、夫サミュエル・ビートンが編集し、大ベストセラーとなった女性総合雑誌の、創刊(1852年)から4年間を初めて完全復刻。
●女性の自立、自助−「ウーマンズ」セルフ・ヘルプを根本精神としつつ、家庭生活全般にわたる多彩な記事・読み物を満載した、斬新かつ革新的な誌面構成。図版多数掲載。
●ミドルクラスの価値観を反映した、ヴィクトリア朝文化研究の基礎文献として不可欠な内容。


−推薦文−
『ビートン夫妻のヴィクトリア朝婦人生活画報』を推す 
                ---- 井野瀬久美恵(甲南大学文学部教授)

 その一通の投書を掲載した時、雑誌編集者の彼に、その後巻き起こる嵐のような論争が想像できただろうか。
 件の投書――コルセットによる極端な締めつけ、いわゆるタイト・レイシング(tight-
lacing)の害を訴えた手紙は、細いウェストに熱狂していたヴィクトリア朝社会に冷水を浴びせ、女性の身体をめぐる一大論争に火をつけた。世に「タイト・レイシング論争」の名で知られるこの論議は、有識者を含む多様な人びとを巻き込み、20世紀に入っても終わらなかった。その火付け役となった雑誌こそ、このたび復刻出版される『婦人生活画報』にほかならない。
 このエピソードは、ヴィクトリア朝時代、この雑誌に、「生活画報」というタイトル、あるいは編集者の妻であるイザベラ・ビートンに象徴される「家政書」の世界、から連想される以上の中身と影響力があったことを物語ってあまりある。と同時に、女性(そして男性)がどのように語られ、創造(再創造)されていったかについても幅広い関心を揺さぶる第一次史料といえるだろう。


【監修者の言葉】           中島俊郎(甲南大学文学部教授)

 ウエリントン公爵が逝去し、前年には万国博覧会が開催され工業立国イギリスを誇示し、2年後にはクリミア戦争が勃発するという激動期であった。アーノルドの詩集『エムペドクレス』、ディケンズの『荒涼館』、サッカレーの『ヘンリー・エズモンド』などが刊行されヴィクトリア朝文学が成熟期を迎えようとしていた1852年に、これ以後の文化風景を支配するような女性雑誌が出現した。サミュエル・ビートン(Samuel Beeton, 831-77)の『ビートン夫妻のヴィクトリア朝婦人生活画報』(The Englishwoman'sDomestic Magazine)である。この雑誌の発刊は零細な出版社ビートンが社運をかけた一大事業であった。

 『婦人生活画報』には今日の女性雑誌の原型―家庭生活、実用と効用性、女性の生き方、快楽の追及―がすべてある。その意味でこの女性誌を「初めて」の女性雑誌とみなしてもよい。サミュエル・ビートンは、のちに妻となるイザベラ(Isabella Beeton, 1836-65) の助力をえて、この雑誌を創刊した。イザベラは健筆家で、旅行記、ファッション、料理のレシピなどの記事をこの雑誌に寄稿した。イザベラが書いた家政記事、料理
レシピを集大成して一冊の本にまとめたのが『ビートン夫人の家政書』(Mrs. Beeton's Book of Household Management, 1861)である。現在でもイギリス人家庭で聖書についで多く架蔵され、愛読されている本であるが、ヴィクトリア朝女性の人生・生活観、価値基準、倫理観、感性・美意識の育成にはかりしれない影響力を及ぼした。この本によってヴィクトリア朝の女性は作られたともいえる。「ビートン夫人」という言葉がヴィクトリア朝ミドル・クラスの道徳律を代弁する代名詞になったほどである。
 
 発刊後四年をへた1856年に、『婦人生活画報』は、5万部のベストセラーとなり、大成功をおさめる。成功した要因として、女性雑誌は高価であるという常識を覆す、2ペンスという破格的な廉価で発売されたことがあげられる。それ以上に読者の心を捉えたのは斬新な誌面構成である。「ファッション」「マナーとエチケット」「刺繍」「化粧」「ガーデニング」「料理レシピ」「恋愛小説」「詩歌」「伝記紹介」「医療」「法律アドヴァイス」等々の毎号を飾る記事とともに、とりわけ「パリで流行している服装の型紙」「身の上相談」「エッセイ・コンクール」などは若い女性の人気の的であった。

 だが、この女性誌がかもしだす華やかな側面だけに目を奪われてはならない。ヴィクトリア朝文化の研究者は、この雑誌のもうひとつの側面を黙過してきた。それは女性の自立、自助の問題である。この問題は「創刊の辞」のなかに高らかに宣言されている――「幸せな家庭を築くために数々の示唆を与えよう…だが実用的で有益なことに取り組んでいるときも精神の教化を忘れてはならない。」不断の努力、たゆまざる勤勉と忍耐によって精神は教化されていくという。ちょうど同時期に勤勉、精励、自制、自己 発という精神性を人生の中心課題にしていた、サミュエル・スマイルズの「セルフ・ヘルプ」と同じ思考が展開されていたわけである。読者にもっとも人気があった「型紙」も実は流行のファッションを追うものではなく、日々着用する服は、自分で作らなくてはならないという倹約の戒めと自立の精神に裏打ちされた表象であったわけである。この意味で「ファッション・プレート」はまさに女性の自立をヴィジュアライズ化した象徴でもあるのだ。本誌上でコルセット論争(tight-lacing)が延々と展開され、論争が論争をよび激化していったのも女性の<身体性>にまつわる自立というディスコースを無視して考えることはできない。

 本復刻版は、女性研究からメディア・スタディズの領域をも横断する、ヴィクトリア朝文学・文化研究の基本文献である。よってこの女性誌の特徴を余すところなく伝える、もっとも入手困難な創刊号から第4巻までの版を初めて翻刻し、江湖に広く薦めるゆえんである。

 別冊付録の『家内心得草:一名・保家法』は『ビートン夫人の家政書』前半部を抄訳した和本で、明治日本へのヴィクトリア朝文化移入史の関連からも意義深い文献である。訳者穂績清軒(1836-74)は、豊橋に塾をおこし、儒学、英語などを講じた。自由民権運動の指導者、村松愛蔵(1857-1939)は清軒塾で学んだ。家政を「家業」と「家事」に分けて論説する本書は、S.スマイルズ『セルフ・ヘルプ』の翻訳である中村正直訳『西洋立志論』と併読してみると興味深い示唆を与えてくれるであろう。

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