対象分野:グローバル・ヒストリー・西洋近代史、比較文学・文化研究、出版メディア史、漫画研究

『万国風刺漫画大全―世紀転換期の世界―』復刻集成版(全3巻+別冊)
Caricatures and Cartoons, 1890-1905: A History of the World
編集・解説:橋本順光(大阪大学文学部)

[British Satirical Periodicals of the Nineteenth Century Series II]


刊行日:2015年7月
判型:B5判 総ページ数:約1,350頁
本体価格:118,000円(+税)
ISBN:978‐4‐86166‐186-0

●世界25か国の雑誌・新聞約300タイトルに掲載された時事・社会風刺漫画約4,200点のコレクション●

世界各地の新聞や雑誌から記事を選択、ダイジェストした月刊誌『評論の評論』(The Review of Reviews)は、1890年に英国で創刊、その後米国版、オーストラリア版も刊行され、世界の情報を手早く通覧できるメディアとして、世界中の読者に広く受け入れられた雑誌です。この雑誌は、世界各国で発表された時事、社会風刺漫画を特集するコーナー(Caricature of the Month、History of the Month in Caricature、Miscellaneous Cartoons)を設け、テキストだけでなく視覚的にも世界の情勢を伝えることに力を入れました。ほぼ毎月号、約20-40点掲載される漫画(主に一コマ漫画)は、英米だけでなく、独仏伊蘭やロシアなどのヨーロッパ、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、そして日本、インドなどアジアで刊行されていた新聞・雑誌からも転載され、まさにその時々の世界の動向がこれらの漫画を通して一目で理解できるよう編集されています。
今回の復刻出版は、この風刺漫画特集の始まった1890年の第2巻から1905年までに掲載された、各号の漫画コーナー全頁をまとめ復刻します。編者による解説とともに、4000点を超える風刺漫画の英語見出しをリスト化し目次として掲載してあります。
これらの風刺画の中には、世紀末から世紀転換期に、世界の異なる文化が接触し摩擦を起こしたことにより発生する人種やオリエンタリズムの問題、西洋列強の帝国主義と植民地の関係など、様々なテーマが視覚的に表わされており、西洋近代史、文化史の読み直しのための貴重な視点を提供してくれます。また、この雑誌の人気は日本にもおよび、明治期の出版者や知識人が多く購読し、海外からの主たる情報源の一つになったことが知られており、日本の新聞や風刺雑誌に発表された漫画の中には、本誌に掲載されていた海外漫画に極似するものもみつけられています。日本の視覚メディアに対する、この雑誌の影響なども今後の出版メディア史の研究課題といえます。
近代グローバル・ヒストリーや比較文化研究だけでなく、漫画をはじめとした視覚メディア史、明治期の出版史など広く研究、教育に利用可能な資料です。
なお、シリーズ続刊として『評論の評論』誌1906年以降の巻所収の風刺漫画の復刻集も予定しております。ご期待ください。

◆Contents:-
Volume 1: Introduction by Yorimitsu Hashimoto
Caricatures and Cartoons from The Review of Reviews, 1890 (Volume 2) ― 1897 (Volume 16)

Volume 2: Caricatures and Cartoons from The Review of Reviews, 1898 (Volume 17) ― 1902 (Volume 26)

Volume 3: Caricatures and Cartoons from The Review of Reviews, 1903 (Volume 27) ― 1905 (Volume 32)

日本語別冊 解説(橋本順光)

◆主な出典新聞・雑誌
アイルランド: Freeman's Journal, Irish Figaro, Irish Life, Irish People, Irish Weekly, Irish World, Lepracaun, United Ireland, Weekly Freeman, Weekly National Press

アルゼンチン: Don Quixote, Don Quixote

イタリア: Il Fischietto,,Il Fischietto, Il Papagalle, L'Asino, Le Papagallo, Noterelle, O Seculo, Pasquino

インド: Bombay, Calcutta Recorder, Hindi Punch

英国: Ant, Ardrossan and Saltcoats, Herald, Ariel, Beacon, Birmingham Courier, Birmingham Dart, Birmingham Weekly Mercury, Birmingham Weekly News, Black and White, Britannia, Clarion Daily, Express Daily Mirror, Dwarf, Elector's Picture Book, Express, Fair Game, Fair Trade, Fun, Funny Folks, Glasgow Evening News, John Bull, Judy, Labour Prophet, Lika Joko, Moonshine, Morning Leader, New Budget, News of the World, Pall Mall Budget, Pall Mall Gazette, Pick-me-up, Picture Politics, Punch, Quiz, Retail Trader, Salisbury Nugget, St. Stephen's Review, The Sketch, Times, Town Crier, Umpire, Vanity Fair, Westminister Budget, Westminster Gazette

オーストラリア: Australian Boomerang, Australian Life, Australian Pastoralists' Review, Boomerang, Freeman's Journal, Illustrated Sydney News, Melbourne Beacon, Melbourne Bulletin, Melbourne Punch, Moreton Mail, Outpost, South Australian Critic, Sydney Bulletin

オーストリア: Der Floh, Glühlichter, Humoristiche Blätter, Kikeriki, Neue Glühlichter

オランダ: Amsterdammer, Amsterdammer, Bijvoegset, Geillustreerd Politienieuws, Haagsethe Courant, Le Courant, Nederlandsche Spectator,Weekblad vor Neaderland

カナダ: Canada Standard, Daily Witness, Globe, Grip, Montreal Daily Witness, Star, The Moon, Toronto World

ギリシャ: Jo Astis

スイス: Der Nebelspalter

スウェーデン: Nya Nisse

スペイン: Barcelona Comica, Blanco y Negro, El Cardo Madrid, La Campana de Gracia, Le Gedeon

チェコスロヴァキア: Humoristike Listy

デンマーク: Klods Hans, Vikirigen, Christiania

ドイツ: Humoristische Blätter, Jugend, Kladderabatsch, Lusige Blätter, Münchener Odinskarte, Nene Glühlichter, Postillion, Simplicissimus, Tageblatt, Uilenspiegel, Ulk, Wahrer Jacob

日本: Jiji Shimpo, Tokyo Puck, War Magazine Tokyo

ニュージーランド: New Zealand Graphic

ハンガリー: Borss em Janko, Ustokas

フランス: Actualité, Charivari, Courrier Francais, Cri de Paris, Journal Amusant, La Reforme, La Sihouette, La Vie en Grand Air, Le Courrier Francais, Le Figaro, Le Grelot, Le Matin, Le Nationaliste, Le Paroquet, Le Petit Journal, Le Piliori, Le Rire, L'Illustré National, Petit Bleu, Petit Journal, Pied de Nez, Psst, Revue Encyclopédique

米国: Brooklyn Daily Eagle, Chicago Inter-Ocean, Chicago Record-Herald, Chicago Socialist, Chicago Times-Herald, Chicago Tribune, Cincinnati Post, Cleveland Plain Dealer, Collier's Weekly, Commercial Tribune, Comrade, Minneapolis Daily Tribune, Denver Evening Post, Denver News, Denver Post, Des Moines Register, Detroit Journal, Evening Journal, Harper's Weekly, Boston Herald, Judged, Judy, Cleveland Leader, Life, Light, Minneapolis Journal, Minneapolis Times, Minneapolis Tribune, Nerves, New York American, New York Herald, New York Journal, New York World, North American, Ohio State Journal, Philadelphia Inquirer, Philadelphia Times, Plain Dealer, Puck, Ram's Horn, Record-Herald, Salt Lake Herald, San Francisco Wasp, St. Paul Pioneer Press, St. Paul Weekly Dispatch

ポルトガル: Parodia

南アフリカ: Bloemfontein Weekly Post, Cape Illustrated Magazine, Cape Register, Cape Town Owl, Daily Dispatch, De Pers, De Transvaaler, Johannesburg Star, Johannesburg Times, Lead Milner, Mosquito, Natal Caricature, Pretoria Weekly News, South African Lantern, South African Moon, South African News, South African Register, South African Review, South African Star, South African Telegraph, Telephone, Transvaal Truth

メキシコ: El Hijodel Ahiuzote, Mexican Herald

ロシア: St. Petersburg Arrows, Budilnik, Novoye Vremya, Oskolki, Razvletchenie, Schut, Strekiza

◆編者より  橋本順光

火中の栗を拾う、という名で知られる一コマ漫画がある。ロシアが焼いている栗を、英国が指さしてけしかけ、憤慨した日本が刀に手をかけているという構図である。この絵は、1903年10月13日の『中央新聞』に掲載されて有名になった。そこには「アムステルダーメル」誌より転載とある。では、このオランダの雑誌を日本の記者はいったいどこで目にしたか? そのもっとも有力な媒体として考えられるのが、今回、復刻される『評論の評論』の風刺画コーナーだ。そこにあるブラーケンシーク(Braakensiek)の絵(1903)と並べてみれば、われわれが見知ったのは、これをトレースし、わかりやすく国の名前を人物に書き込み、英訳文もそのまま拝借したことが一目瞭然である。
それでは、『評論の評論』とはどういう雑誌なのか。その名の通り、この英国の月刊誌は、毎月、膨大に出版される雑誌の評論記事を無党派の立場から簡潔に要約し、いわば『リーダーズ・ダイジェスト』誌の先駆けとなった。編集長は、新聞のタブロイド化に貢献し、スピリチュアリズムにもどっぷりと入れ込んだW・T・ステッドである。少女売春の現場に今でいう潜入取材を行い、その余波で『ペルメル・ガゼット』紙を辞職したことはよく知られていよう。その直後、1890年に始めたのが、この『評論の評論』の創刊なのである。
困惑するほど多くの雑誌新聞が乱立した世紀末にあって、一冊で世界の現在と全容が見渡せるような総合誌の出現は、大いに重宝されることになった。国内のみならず、ドイツ語やフランス語のメディアも紹介したほか、ときに日本の『太陽』(1895年創刊)の英語欄までも要約するその目配りには驚かされる。もっともこれら日本の雑誌は同じ手法をまねてダイジェスト記事を多く掲載しており、なかには『評論の評論』の記事をそのまま翻訳することもあったので、おそらくロンドンの本社には『太陽』が送られていたのかもしれない。
ステッドは、新聞で活躍していたころから図版を巧みに記事に織り込んでいた。『評論の評論』でも風刺画や図版はいたるところで引用されている。そうして風刺漫画の増加と重要性にかんがみ、創刊まもなく一コマ漫画のみを集めたコーナーが新設される。最初は数ページだったが、そのコーナーは人気とともに別冊付録のように膨れ上がった。掲載された雑誌の国籍も、日本を含め当時の欧米列強がほぼカバーされ、英語圏にしても、アメリカ、南アフリカ、インド、オーストラリアなど、英国と微妙な関係にあった地域であっても、ご当地の皮肉や怒りの声が丹念に拾われている。
こうした風刺漫画について、その誇張表現には主義主張を越えた類型がみられるとは、古くはサム・キーンの『敵の顔』(1986)、最近では大英図書館での『プロパガンダ-権力と説得-』展カタログ(2013)が強調するとおりだ。しかし、本復刻資料からは、それらの類型が心理学的なだけでなく、極めて歴史的であることが、つまり一つの表現が模倣であれ逆用であれ、直接、参照されて使い回されていったことが明らかになるだろう。ステッドがボーア戦争に反対していたこともあり、『評論の評論』には英国の帝国主義への批判や痛烈な漫画も数多く掲載されていることも、風刺表現が諸刃の剣であることを強く実感させてくれる。タコや吸血鬼など、「敵」を怪物のように描く手法は、容易に「敵」の側でも逆用されてしまうのである。また『ヒンディー・パンチ』など、英国の『パンチ』にみる図像がインドで正反対のメッセージをもった風刺画に書き換えられていることも特筆すべきだろう。おそらく風刺画の描き手も、本欄を大いに参考にしたのではないだろうか。
たとえばセシル・ローズをロードス島の巨人像になぞらえ、アフリカをまたぐ姿で描いたおなじみの『パンチ』の図像(1892)は、トランスヴァールではパロディにされてローズが揶揄され(1898)、インドではカーゾン総督の帝国主義批判に作り替えられた(1904)。ほかにも、1901年に登場して以降、地球を擬人化したキャラクターが各国で散見されるが、これなどまさにグローバルに一コマ漫画が流布していく象徴的な出来事といえるだろう。
『東京パック』ほか日本の風刺画も『評論の評論』には掲載されているが、これも同じ往還のなかで見直すことができよう。その一つ『時事新報』の「ダヴィデとゴリアテ」(1904)は、本欄のたとえば大国オスマントルコに立ち向かうギリシアになぞらえた「現代のダヴィデ」(1897)を原型にしたのではないか。たとえ参照していなくとも、欧米の読者に親しまれた故事と構図を踏まえているからこそ、本欄で紹介されたとことは否定できまい。実際、早くから『太陽』では欧米の風刺画が掲載され、雑誌『新公論』(1904年創刊)など、英語名がThe Tokyo Review of Reviewsというだけあって『評論の評論』の風刺漫画コーナーをほぼそのまま転載していた。『評論の評論』はいわば定型表現の教科書にもなったはずだ。となると、1904年7月号に掲載されたロシアをタコとして描いた日本の宣伝漫画「滑稽欧亜外交地図」も、英国プロパガンダの模倣というより、親しみやすいようあえて定型表現を踏襲し、思惑通り、親ロシア派だったステッドの『評論の評論』に掲載されたと考えることもできよう。
なお『評論の評論』は、電子アーカイブやマイクロフィルムにも一部が収録されている。ただ残念ながら欠本が散見され、挿絵は画家が確認できないからと一律みな省略されるか、あっても特にマイクロの場合、画像が荒くキャプションも読めないことが多い。今回の復刻では、刊行されたすべてのコーナーを収集し、最良の状態から復刻したほか、収録された雑誌新聞の題目も抽出した。キャプションも、描かれている事件や事態が想像できるよう意訳してあり、データベースとしてなら『評論の評論』本体より利用価値が高いかと思われる。
そもそも、この『評論の評論』の風刺画コーナーは、当初、「今月の戯画」というタイトルで始まったが、1901年、「戯画にみる現代史」へと名前を変えた。これは実に的を射た改題といえる。気の利いた作品わずかばかり楽しむ埋め草のような記事から、戯画を並べるだけで問題の所在とその各国や党派の思惑が一覧できる、無くてはならない人気記事へと大きく成長したことを示唆するからだ。ジョン・M・マッケンジーが古典的名著『プロパガンダと帝国』(1984)で述べたように、世紀転換期は、帝国がこれまでになく意識され宣伝された時期でもある。本復刻は、その国籍と主義主張の多様性ゆえに、帝国意識を否定するにせよ肯定するにせよ、これまでになく刺激的で豊富な事例を提供してくれるに違いない。